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DickEY SinG

社会の狭間のノモスの探求

日光東照宮は修復中でも楽しめる世界遺産観光地。

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 日光東照宮といえば、絢爛豪華な社殿の数々で知られているが、実際はそれだけでなくいろんな魅力が詰まった一大観光地である。今回はそのひとつまみを紹介していきたい。

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 観光地だけあって山間の田舎に似合わない賑わいがあった東武日光駅。売店は2つだけと少ないが、客はひっきりなしに来ていた。とりわけ外国語が飛び交う環境は海外での人気ぶりをうかがわせる。

 駅前も綺麗に整えられており、東照宮行きのバス乗り場がすんなりとわかるように外国語の表記に和風の屋根で覆われていた。観光客に対する配慮だろうか、このようなきめ細やかさが訪日外国人観光客を増やしているのだろう。

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 駅前からバスで揺られること10分。下りた目の前は昭和な匂いがするお土産屋さん。観光地に行って気になるのが、観光地の周りにあるお土産屋さんが、いかに観光地に溶け込んでいるかってこと。人でごった返す道路沿いにあるこのお土産屋さんは風情あふれる和風建築で日光らしさが出ていた。

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 公衆電話ってすっかり珍しくなったが、日光ではまだ健在。そして、この電話ボックスのデザインは日光ならではであろう。ところどころサビがハゲているが、蜘蛛の巣はなく、メンテナンスはされているよう。使っている人は見たことないが、このような感性、私は大好きです。

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 かつて将軍などごくわずかな人しか渡れなかった神橋。日光の社寺の入り口であるこの神聖な橋はいまや結婚式場となっていた。新郎新婦が腕を組んで歩くその様は見てて微笑ましい光景です。

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 東照宮に達するまでにいくつかの社寺を通り過ぎ、木々が生い茂る林をかいくぐっていく。肌で感じるひさびさの木々の爽やかさは心が癒される。写真で見るのと実際に行くのとの違いは、五感で感じるということに尽きるであろう。

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 日光社寺のひとつ、輪王寺の庭園のバイオリン生演奏は優美につきる。青いドレスを纏ったバイオリンはロックなテンポであったが、優雅さが溢れており思わず聞き入ってしまった。

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 東照宮に向かう参道はなだらかで登りやすく、木々に囲まれた自然を感じることができる。白い砂利の地面と木々の緑のコラボレーションはとても清々しく、木々から漏れる木漏れ日はとても美しい景色であった。

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 道中にある日光東照宮宝物館のカフェからの景色もまた美しく華やか。秋の味わい感じるモンブランに舌鼓を打ちながら眺める菊の花はとりわけ麗しげに咲き誇っているようだった。

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五重の塔は想像通り、とても高い建物。塔の真ん中に一本の木芯が通っており、それが地震の衝撃を和らげ、今日まで塔を倒壊させないできた。周りの木々と比べてもその芯の大きさが窺い知れる。

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 赤い仁王像が守る門をくぐるとそこは東照宮。仁王像と言えば東大寺の木目がむき出しのものが思い浮かぶが、この朱色の仁王像が本来の仁王像。よく見ると侵入者を睨みつけるように仁王立ちしている。

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 東照宮の庭は豪華さよりも荘厳さがひときわ強く感じる。金箔が張られた建築物はまばゆいのですが、それ以上に見るものに重みを与えているように感じさせられた。

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日光名物の「見ざる 言わざる 聞かざる」のレプリカ。三猿とも呼ばれる猿の彫刻は数ある動物の彫刻の一つにすぎない。が、やはり観光客にとって特別なもの。修復中の本物に変わって取り付けられたレプリカはオリジナルそのものであった。

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  かごめかごめの逸話で有名な亀の彫刻。東照宮のいたるところに亀の石刻があった。徳川の埋蔵金の伝説は本当なのだろうか、と思ってしまうほど多く、見つけるのもまた楽しく感じられてしまう。

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除夜の鐘を鳴らす鐘楼は東照宮においてはひときわ豪華。黒字に金を敷き詰めた楼は見てて飽きないが、昼過ぎなのもあろうか少し暗い。朝日を浴びていればもっと金が映えたものを見れたかもしれない。

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 日光といえば陽明門というほど有名な陽明門は修復中で見苦しい姿を晒していた。とても写真で写せるものでなく、訪れた観光客は落胆の色を隠せない。ただ、内装は通りすがりながらもその装飾を垣間見せ、どのような外見であったかを思い起こさせていた。 

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 東照宮の最奥に佇む宝塔こそが日光の中枢、徳川家康霊廟。絢爛豪華な社殿と打って変わってあまりに質素、これこそが家康の人となりを表すものだろう。周りとの乖離がすさまじいが、本体が簡素なのは往々にしてあること。このギャップを楽しむのも東照宮を観光するひとつの理由であろう。

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 絢爛豪華な唐門は修復中の陽明門に変わって、日光を象徴する建築物であろう。壮大さでは及ばないものの、唐門に掘られた白彫刻の数々の精緻さはおそらく陽明門には劣らないのではないか。もっとも息を飲む拝殿の撮影が禁じられていなければ、もっと社殿の華麗さを伝えられたのだが、この唐門からでも内部の様子が見て取れるのではないだろうか。

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 どこの観光地でもあるのが、地域の食文化。私の地元でも「かつめし」という地域食があるが、日光の郷土料理は「ゆば」。いたるところに「ゆば」の看板があり、地域に親しまれているようだ。

 東照宮から南西に300mほど下ったところにある「まるひで食堂」は昭和の大衆食堂の名残があるレストラン。お土産屋とカフェと食堂を併用した珍しいタイプの食堂だ。「照り焼きゆばバーガー」など「ゆば」をメインにした料理を提供しているのだが、なによりの目玉商品が「ゆば丼」。あんかけをたっぷり絡めたゆばは食べ応えがある。あんかけで味がこじつけられている感があるが、それでもいいものを食べれたと思う。

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 夜中の日光駅は風情を感じる。といっても、こちらはJRの日光駅。賑やかさでは及ばないもののどこか懐かしさを感じる、大正ロマンの駅舎はどこか優しげであった。

おわりに

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 新たな挑戦として、文体を変えて記事を書いてみました。どこぞの川端康成かと思われるかもしれませんが、実際はそれにはるかに及ばず、です。とりたてて文学好きというわけでもない私が付け焼き刃で記事を書いたのですが、文章を書くことが面白いと思ってしまった、というのがまたいい発見なのかもしれません。

 残念ながら、陽明門は修復中で真の姿を見せるのはまだ先になるとのこと。かなり悔しいのだが、それでも十分楽しめたのがさすが世界遺産というところでしょう。

 東照宮に行ったわりには肝心の社殿の写真が少ないと思われるでしょうが、それはまた次回の記事で掲載する予定です。あまりに冗長になってしまったため、ここで筆を置きたいと思います。